教室に響き渡る教師の声を無視し、松本由芽(まつもとゆめ)は校庭の方を眺めていた。
由芽たちの学年の3,4組の生徒たちが、合同で体育の授業を行なっている。100m走を終えた彼らが、校内の方へ移動している。もう授業中にやるべき項目をやり終え、教師から解散の指示が出たのだろう。
舞台の主役であるかのように、窓から差し込む光がちょうど一番後ろの窓側である由芽の席だけを照らしていた。その時の自分に酔っていなかったというと嘘になる。
ぽかぽかと暖かいこの季節には眠くなる生徒が多い、2時限目を終了させるチャイムが校内に響き渡り、日直が号令をする。
「起立、礼!」
「ありがとうございましたー!」
「そのイヤリング、気に入ってるの?」
号令直後、隣の席の少女が、髪に隠れて見えないはずの装飾品について尋ねてきた。
それが夏目理愛(なつめりあ)との出会いだった。
友達になる前によくある、普通の会話から私たちは出会った。
「号令で頭下げるときに、よく見えるなって思ってたの。そのイヤリング。」
玉子焼きを頬張り、前から気になっていたんだよね、と理愛は話してきた。
自分が地味なことを由芽は承知していたが、校則を破るという背徳的な行動を少し起こしてみたい気分があり、長髪という特徴を利用して、イヤリングをつけていた。教師にはバレなかったが、クラスメイトも噂をしている様子はなく、ここまでバレないものかと意外に思った。由芽は、自分の地味さがそれだけ反映されているのかと思い、少しがっかりした。何を隠そう、気付いたのは理愛が初めてであった。
「これ、坂口真琴がしているのと同じなんだ」
「坂口真琴って、あの読モの?意外にそういう雑誌読んでるの?」
「というか、ドラマでしてたの。恋は嘘をつかない、ってやつ。知らないでしょ?結構マイナーなやつで、坂口真琴がデビューしたての頃の作品だから」
「知らなーい」
タコさんウィンナーをもごもごと口で噛みしめながら返答する理愛が、リスがどんぐりをたくさん口に頬張ってるように見えた。理愛は第一印象だけ見るとイケている、所謂ギャルの部類に入るので、流行ってるものしか興味を示さないという勝手な人物像が私の中で出来上がっていたが、大方当たりなようだ。
「まぁあの人は綺麗だって思うけどそれだけよね。そんな昔の作品まで知ろうとは思わないっていうかー。私、坂口素人だし」
「なにそれ、寒っ」
「えー!自信あったんだけど、今の」
最近気付いたが、というより知り合ったのが最近だから当たり前だが、理愛は割と美人なくせに、寒いオヤジギャグをぽろっと口にし、変にオヤジくさい。渾身のギャグはトイレにいっといれ、らしい。それは下手すれば理愛が生誕する前から存在しているし、しかも有名なくせに誰も笑う人がいないギャグに違いない。そんなネタを渾身のギャグにしているところからも、理愛は性格で損をしているタイプだよなぁとしみじみ感じ、フライドポテトの最後の一口を噛みしめた。
そんなこんなで、由芽はそれから理愛と意気投合し、何処へでも遊びに行く仲になっていた。カラオケ、ゲームセンター、休日にはテーマパークを訪れた。間違いなく、理愛は自分の親友だ、と確信するくらい一緒にいた。
初めて2人で行ったカラオケで、理愛は序盤から演歌を熱唱していた。それもこぶしを効かせ、本人の物真似をするほどで、随分凝っていた。オヤジギャグが好きなところといい、演歌が好きなところといい、中身は間違いなくおっさんだった。
それでも、見た目とのギャップが面白く、退屈せずに済んだため、由芽は理愛が大好きだった。
「えー?精巧採点で79点?機械壊れてんじゃないの?」
「そんなこぶしだけ効かせてるだけじゃ得点は上がらないでしょ。正確に歌わなきゃ」
「そんなぁ。自信あったのに」
自信あったのに。理愛の口癖だ。口癖を覚えているだけで、由芽はこの子のことをこんなにも知っていると変な優越感が湧いてきた。
終了10分前の電話が鳴り、数曲を歌ってからカラオケを後にした。
「まだどっか行く?」
「うーん、そうだなぁ」
まだ外は明るかったが、20時を過ぎていた。
「こんな時間だし、今日はもう解散しよっか」
「そうだね、じゃあまた明日!」
理愛は人目も憚らずーーー歌い足りなかったのだろうか?ーーー演歌を熱唱しながら消えていった。