あるマンションに引っ越した時のこと、今思い出しても嫌な気分になる出来事があった。引っ越しの日、住んでいたアパートを引き払い、荷物を乗せたトラックは新しく住むマンションへ向かった。
新しい家は4階建ての低層マンションで、1階から3階までは1フロアにワンルームが横に3部屋並んでいるのだが、4階だけ1フロアを丸々使った1部屋となっている。こぢんまりとしたマンションなので、4階の部屋もそこまで広くはないのだが、僕は空いていた4階の部屋に入居することにした。
マンションに着いた引っ越し業者が、荷物を次々と僕の部屋へ運んでいく。僕はその様子を、リビングの邪魔にならないような場所で見守っていた。滞りなく作業は続いていたのだが、荷物が半分ほど家に入ったとき、ふと、ゴンゴン! と何かがぶつかるような音が響いた。周りを見ても音の原因はわからなかったが、他の部屋にいる引っ越し業者の人が何かをぶつけてしまったのだろう、とたいして気にしなかった。
だが、しばらく作業が進むとまた部屋に、ゴンゴン! という音が響いた。最初と同様に、音の原因はわからなかった。この異音がもう一度するようなら引っ越し業者に何があったのか聞いてみよう、そう思っていると、程なくして作業が終わった。「荷物は以上になります! ありがとうございました!」という軽快な挨拶と共に、引っ越し業者は帰っていった。
その後、僕は積み上げられた大量の段ボールの荷解き作業に入った。しかし数箱片付け、新たに1箱を運んで中身を取り出そうとした時、また、ゴンゴン! と部屋に響く音が聞こえてきた。
引っ越し業者はすでに帰っている。周りを見てもやはり音の原因はわからない。だが、音は下の方向から聞こえてきたような気がした。違和感を覚えながらそれでも作業を続けていると、すぐに、ゴンゴン! という音が響いた。
今回ははっきりわかった。音は下から鳴っている。しかも、下の階である3階に3部屋並んでいる真ん中の部屋のあたりから聞こえていた。さらにその音は、僕が荷物を床に置いたり、物音を立てた直後に鳴っているようだった。
結果から言うと、この音、3階の真ん中の部屋の住人が、上の階から物音がした時に、棒のようなもので天井を、ゴンゴン! と突いていたのだ。引っ越し業者の作業では、家具や荷物を運び入れるので、当然物音がする。しかし業者が帰った後、僕はなるべく音を立てないような配慮はしていたので、3階の真ん中の部屋の住人が神経質な性格なのだと解釈せざるを得ない。
その日は中途半端に荷解きをして作業を終えたのだが、次の日からも、床に物を落としてしまった時や、歩いていて少し足音が立ってしまった時に、ゴンゴン! と、下の住人が天井を突いてくることが続いた。
とんでもない家に引っ越してきてしまった。内見の時には気付けない、全くの盲点であった。ある日などは、僕の歩いたルートを追い回すように突いてくることもあり、恐怖を覚えた。
そんなことがあったので、僕は引っ越してから少しの間、この横に長い部屋の、真ん中の辺りはあまり使わないように過ごしていた。3階の真ん中の部屋の上を避け、生活スペースを左右に分けていたのだ。
それから2週間ほど経ち、台所のちょっとした修復作業のために家に業者が来た。戸棚のパネルの取り替えだったのだが、そこに大家のおばさんも立ち会った。
業者がしばらく作業をしていると、また下から、ゴンゴン! と突く音がした。恐らく作業音がうるさかったのだろう。しかし僕はここで、しめた! と思ったのだ。
僕はすかさず横にいた大家さんに、「大家さん、今の音聞きました? 引っ越し初日からずっと、下の住人が事あるごとに何かで天井を突いてくるんです。引っ越し作業の時は目を瞑(つむ)っていたんですけど、最近生活音程度でもやってくるようになったんです」まさに現行犯逮捕の瞬間である。
すると大家さんは「あー……」と困ったような顔をした。そして「実は……前の住人が出ていった後、私がこの部屋を掃除してる時も、同じように下から何かで突いてくる音がしてたのよ」と言ったのだ。
じゃあ僕が入る前に言っとけよ! 問題のある隣人のことは入居する前に言わないとだめだろ! と、思ったのだが、僕は、ここで大家さんの心証を良くしておいた方がこの戦いの主導権を握れると瞬間的に判断した。グッと堪え「そうなんですか、大変でしたね。でもこのままだと僕も生活しにくいんですよねぇ……どうしたらいいですかね……?」と、下の住人に困り果てている人物を演じた。
- 引っ越しで隣人ガチャ失敗……騒音トラブルで悩んだハライチ岩井が見た迷惑な住人の撃退劇とは?(Book Bang) – Yahoo!ニュース
- https://news.yahoo.co.jp/articles/616184a3e242a901995cec22252ed6c5a489584a?page=1
- お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動! 「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテ